ブラックボックスにはしません。使っている式、係数の出どころ、そして何ができないかまで書きます。係数はすべて査読論文の公表値から導出しており、当てずっぽうの数字は使っていません。導出の過程もそのまま載せます。
入力されたタイムを Riegel の累乗則でフルマラソンに換算します。
Tフル = T入力 ×(42.195 ÷ 入力距離)k
問題は k をいくつにするかです。Riegel の原論文が示した 1.06〜1.08 は世界記録や上級者を分析した値で、市民ランナーには速すぎます。Vickers & Vertosick (2016) は市民ランナー2,303人のデータで検証し、k = 1.07 の予測はランナーの半数に対して10分以上速すぎると報告しました。k = 1.08 に上げても、なお約75%のランナーに対して速すぎたとされています。
この記述から、中央値で偏りのない k を逆算できます。同コホートの中央値マラソンタイムを 3時間50分(230分)とすると:
Δk = ln(240 ÷ 230) ÷ ln(4.2195) = 0.0296
k = 1.07 + 0.030 = 1.10
当サイトが基準値として 1.10 を使っているのは、この計算の結果です。市販の計算機の多くが 1.06 を使っているため、当サイトの予測はそれらより数分〜十数分遅く出ます。遅いほうが実測に近いというのが上記研究の結論です。
性別:同研究は、女性は5kmで男性より約20%遅いが、マラソンではその差が約10%まで縮まると報告しています。距離が伸びるほど女性が相対的に有利になるという意味なので、これは k に反映されるべき差です。記述どおりに換算すると k を 0.055 下げることになりますが、討論部の概数であるため、当サイトでは 0.020 に抑えています。
Tanda (2011) は、レースタイムを一切使わず、練習データだけからマラソンタイムを予測する式を発表しました。
Pm(秒/km)= 17.1 + 140.0 × exp(−0.0053 × K) + 0.55 × P
K は週間走行距離(km/週)、P は平均練習ペース(秒/km)です。この式の優れた点は、練習ペースを固定したまま走行距離の効果だけを取り出せることです。当サイトはこの第2項だけを使い、週45kmを基準とした差分を補正量にしています。
| 週間走行距離 | 基準との差 | マラソン時間への影響 |
|---|---|---|
| 20 km/週 | +15.6 秒/km | +4.8% |
| 30 km/週 | +9.1 秒/km | +2.8% |
| 45 km/週 | 基準 | ±0% |
| 60 km/週 | −8.4 秒/km | −2.6% |
| 80 km/週 | −18.7 秒/km | −5.7% |
| 100 km/週 | −27.9 秒/km | −8.5% |
実際にはこの値を0.7倍して適用しています。入力されたレースタイムにも走行距離の効果が一部含まれており、そのまま足すと二重計上になるためです。また、フルのタイムを入力した場合は補正をゼロにします(その記録自体が答えなので、外挿の必要がありません)。補正量は外挿の大きさに比例させ、5kmからの換算では大きく、ハーフからの換算では小さくなります。
1本の予測タイムからは確率は出ません。必要なのは「どれだけ外れうるか」です。ここには推測値ではなく、Vickers & Vertosick が検証セットで公表した実測の平均二乗誤差を使っています。
| 予測の方法 | MSE | 実効誤差 |
|---|---|---|
| Riegel 単独 | 380.7 分² | 19.5 分 |
| 1レース+走行距離 | 227.6 分² | 15.1 分 |
| 2レース+走行距離 | 208.3 分² | 14.4 分 |
同研究は「走速度は対数変換せずそのまま扱ったほうが当てはまりが良い」と報告しています。そこで当サイトはタイムではなく走速度を正規分布として扱います。速度の標準偏差を一定とすると、時間に直したときに自然に右へ裾を引く分布になります。つまり大幅な自己ベストより、大失敗のほうが起こりやすいという現実の非対称性が、仮定を追加せずに再現されます。
この扱いには、もうひとつ副産物があります。速度の誤差が一定なら、遅いランナーほど相対的な幅が自動的に広がります。
| 予測タイム | 確率の幅(相対) |
|---|---|
| 3時間00分 | 5.1% |
| 4時間00分 | 6.8% |
| 5時間00分 | 8.6% |
| 7時間00分 | 12.0% |
6時間かかるランナーは、30km以降で歩きが入るかどうかで結果が30分単位で動きます。サブ3ランナーと同じ幅で扱うのは不正確です。以前のバージョンではこれを場当たり的な係数で表現していましたが、現在は速度一定誤差の帰結として自動的に導かれます。
上記の誤差は「完走した人」のデータから計算されています。しかし出走しても完走できないことがあります。主要マラソンの完走率は概ね94〜99%で、当サイトは中央付近の 97% を全体に掛けています。
したがって、標準の見方ではどれだけ余裕があっても100%は表示されません。上限は97%です。これは体調不良、故障、極端な暑さ、途中棄権の可能性が消えないためで、切り捨てではなく現実の反映です。
勝率の見方(追い風・標準・向かい風):計算ページでは、この完走率と「当日の条件」だけを動かした3通りの見方を選べます。走力の推定そのものは変えません。
| 見方 | 当日の速度 | 完走率 | 予測の幅 |
|---|---|---|---|
| 追い風 | +2% | 100% | そのまま |
| 標準 | ±0 | 97% | そのまま |
| 向かい風 | −2% | 95% | ×1.10 |
±2%の根拠は Ely ほか (2007) です。暑さ指数(WBGT)が10℃上がるとマラソンの速度が2〜3%落ちると報告されており、涼しく平坦で無風の日と、暑く風があり起伏のある日の差を、その半分ずつに割り振っています。「追い風」は何も起きなかった日の数字で、故障や体調不良を織り込まないため100%が出ます。「向かい風」は失速に加えて、アクシデントの見込みを重く(95%)し、予測の幅も広げています。
どれを見るべきかは目的で変わります。目標を決めるときは標準、レース直前に覚悟を決めるときは向かい風、練習で伸びた実感を確かめたいときは追い風が向いています。
入力できるのに影響を小さくしている、あるいは計算に使っていない項目があります。理由を書きます。
年齢とBMI:Vickers & Vertosick は、年齢・BMIと「レース距離」との交互作用が有意でなかったと報告しています(それぞれ p = 0.13、p = 0.4)。つまり年齢もBMIも走る速さ自体には効きますが、マラソンでの落ち込み方には効かないということです。速さへの影響は入力されたレースタイムにすでに現れているため、これらを k に反映すると二重計上になります。当サイトは反映していません。
体脂肪率:Tanda & Knechtle (2013) は市民男性ランナー126人を対象に、体脂肪の補正項を 0.1 × exp(0.23 × 体脂肪率) 分と定式化しました。同論文は体脂肪率13%未満では影響が1分未満であり、低い範囲ではタイムは練習指標とだけ相関すると述べています。当サイトはこの式を使いますが、性別ごとの基準値からの差分に限り、さらに半分に減衰させ、上下に制限を設けています。減衰させるのは、体格の影響が入力レースタイムにすでに含まれているからです。なお同研究は男性のみを対象としているため、女性への適用は当サイトによる拡張です。
「あと◯kg落とせばサブ3」という表示は出しません。指数関数の外挿にすぎず数字として無責任である上、体重をめぐる無理を後押ししかねないためです。
VO2max:Vickers & Vertosick は「実験室測定を要する指標は意図的に使わなかった」と明記しています。時計の推定値は誤差が大きく、レースタイムがある以上そこに足せる情報は限られます。影響は最大±2%に抑えています。
最長走行距離:Tanda (2011) は、1回あたりの練習距離を有意な予測因子として検出していません。一方で指導現場では重視される項目です。証拠が割れているため、影響は小さく留めています。
タイムの新しさ:これは研究にもとづく値ではなく、加齢と練習中断を踏まえた当サイトの判断値です。古いタイムほど予測を遅い側へ寄せ、幅を広げます。
どの研究をどこに使っているかを1件ずつ明記します。上3件は練習メニュー、下6件は達成確率の計算に使っています。すべてリンク先で原典を確認できます(書籍1件を除く)。
タイトルをタップすると、その研究をどこに使っているかと原典へのリンクが開きます。
練習メニューの土台になっている研究です。1回の練習距離が直近30日の最長走を10%超えると故障率が有意に上がることを示しました(10〜30%超で1.64倍、100%超で2.28倍)。一方で「週合計の前週比」には関連が見られませんでした。当サイトが週の合計距離ではなくロング走の伸ばし方を厳しく管理しているのは、この結果によります。
原典を読む(PMC・オープンアクセス)→テーパリングの設計根拠。2週間かけて走行量を41〜60%減らし、強度と頻度は変えないのが最も成績を伸ばすと結論づけています。当サイトがレース週を通常の42%程度に設定しつつ、走る回数とペース練習の強度を落とさないのはこのためです。減らしすぎ(60%超)はかえって逆効果とされています。
原典を読む(Semantic Scholar)→広く信じられている「週の距離は10%までしか増やすな」という経験則を、初心者532人の無作為化比較試験で検証した研究。故障発生率に差は認められませんでした(20.8% 対 20.3%)。当サイトが週合計の増加率を厳格なルールとして扱わず、上のFrandsenの知見にもとづいてロング走の管理を優先しているのは、この結果を踏まえたものです。
原典を読む(PubMed)→距離換算の累乗則 T₂ = T₁ ×(D₂/D₁)^k の出典。持久的運動の記録が距離に対して一定の累乗則に従うことを示した論文です。ただし原論文の指数は世界記録と上級者を分析した値であり、当サイトはそのままでは使っていません(理由は「1. 予測タイム」を参照)。
原典を読む(PubMed)→当サイトが最も多くを依拠している研究です。市民ランナー2,303人の実データから、Riegelの式はハーフまでは正確だがフルでは半数のランナーに10分以上速すぎる予測を出すことを示しました。基準となる持久指数1.10はこの記述から逆算した値です。さらに同研究が公表した検証セットの平均二乗誤差(Riegel単独380.7、1レース+走行距離227.6、2レース+走行距離208.3 分²)を、確率の幅にそのまま使っています。年齢・BMIと距離の交互作用が有意でなかったこと、女性が長距離で相対的に有利になることも、当サイトの設計に直接反映しています。
原典を読む(BMC・オープンアクセス)→レースタイムを使わず練習データだけからマラソンタイムを予測する式 Pm = 17.1 + 140.0·exp(−0.0053·K) + 0.55·P を発表した研究。当サイトはこの第2項(走行距離の項)だけを取り出して補正に使っています。練習ペースを固定したまま走行距離の効果を分離できる点が重要です。ただし対象は2時間47分〜3時間36分の22人と限られており、遅い層への適用は外挿になります。
原典を読む(ResearchGate)→体脂肪の補正項を 0.1 × exp(0.23 × 体脂肪率) 分と定式化した研究。同論文は体脂肪率13%未満では影響が1分未満であり、低い範囲ではタイムが練習指標とだけ相関すると述べています。当サイトが体脂肪率の入力を受け付けつつ影響を小さく抑えているのは、この知見と、体格の影響が入力レースタイムに既に含まれているという二重計上の回避によります。対象は男性のみです。
原典を読む(Taylor & Francis・オープンアクセス)→ボストンなど7大会の長期記録から、暑さが増すほどタイムは段階的に落ち、しかも遅いランナーほど影響が大きいことを示した研究。予測タイムが遅いほど確率の幅が広がるという当サイトの挙動を裏づけるものです。
原典を読む(PubMed)→推定VO2maxの算出式。入力されたレースタイムから有酸素能力を逆算し、実測値をお持ちの場合の照合に使っています。影響は最大±2%に抑えており、実測値がなくても結果は変わりません。
このほか、完走率については主要大会が公表している完走者数を参照しています。大会・年・天候によって幅があるため、当サイトでは中央付近の97%を用いています。